飯田館(本城・飯田砦)

飯田館(本城・飯田砦)([平瀬城  周辺城郭])

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飯田館(本城・飯田砦)の口コミ情報

2022年08月18日 内記かずりヾ(・ε・。)


たまには山城でなく居館なんかをほっこり口コミ〜

飯田館(本城・飯田砦)は平瀬城の南西約2.7km、標高約573mの平野部平場に存した居館です。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。車は一般道路に捨てる事になるので適当な場所を御自身の責任において選びましょう。

築かれた年代は不明、お住まいになられていたのは飯田氏です。同氏は犬甘氏の一族、平瀬氏(平瀬某の弟としているけど誰の事やら…)を出自とするらしく初代求之助の石碑が居館の敷地内、飯田氏の墓地の中に建っています。同氏の初見は天正七年(西暦1579年)、諏訪下社春宮の造宮帳で、四御柱住吉之郷の中に飯田分として「正物壱貫文弐百八十文 代官 飯田右馬介、二木清介、竹内筑後」とあるそうです。織田氏の甲州征伐に乗じて小笠原貞慶が金松寺に旗揚げした際にはこれを迎えに、又、天正十年(西暦1582年)、天正壬午の乱の際に安筑両郡から引き揚げる木曽氏は、西牧、古畑等に在地諸氏の人質を預けて夏道に籠らせますが、これを奪還する衆(青木、飯田、岩岡、岩波、二木等)の中にその名が見られる他、貞慶の木曽攻めに際しては木曽館を攻める寄手の中にもその名が見られるそう。

居館の現況ですが、奇跡に近い状態て言えるんじゃないでしょか。謂わゆる周囲に堀を巡らせ、その内側を土塁で囲んだ方形居館の縄張ですが、堀割を除く他の全てが往時の面影を残しています(写真は藪で大変難しい…)。全周する土塁は削れてはいますが削平される事もなく、西側に付く大手からの延長線上には虎口すら確認出来ます。又、居館敷地の東辺、北辺を現在流れる勘左衛門堰は後世、堀跡に導水したものと推測され要害感すら漂っています。ちなみに居館敷地の直近南側に現在住する竹内さんは飯田氏からの分家だそう。

殆ど知られていないけど、中世の方形居館の縄張を今に残している点で大変貴重なもの(他じゃ見た事ないぞ…居館マニアのおいらがそう思うんだからとりま信じてw)だと思います。が、土塁の内側はちょと頑張る気になれない雑木林ですので悪しからず…まぁ立ち入っても意味無いとは思います。

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