逸見屋敷
逸見屋敷([望月城 周辺城郭])
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逸見屋敷の口コミ情報
2022年09月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
たまには山城でなく居館なんかをほっこり口コミ〜
逸見屋敷は望月城の北西約5.4km、番屋川東岸(右岸)、蛇行する番屋川に半月状に西方へ張り出す標高約596mの河岸台地西縁端部上平場に存した居館です。
行き方は…リア攻めマップを参照して下さいまし。こんなんマップコード以外で上手く説明出来ませんわ…長野県道40号線、諏訪白樺湖小諸線から農道に入り、番屋川に掛かる小さな橋を渡ったら直ぐそこですよみたいな感じっす。
築かれた年代、お住まいになられていた方は不明です。明治時代初期に編纂された長野県町村誌には同じ望月城のリア攻めマップにある武居屋敷の項におまけ感覚で記載があり、「又逸見屋敷、入道窪、出城、矢崎、矢ノ沢、矢ノ原の字あり。皆此地に隣れり。」とある。逸見屋敷の他も城館に関わる地名だけど位置も含めてちょと此処では何を言っているのか解らない。周辺には「二軒屋」の地名もあり井戸跡も残っている(ビニールシートで覆われているのがそうなのかな。)そうだけど、これは明治時代頃まで家屋が2軒建っていた事に因むんだそう。又、長野県町村誌お馴染みの難し過ぎる絵図も添付されていたりもしますね。ちなみに逸見氏も不明ですが、まさか甲斐源氏の逸見氏と関係があったりするんでしょか。
居館の現況はほぼ果樹園で、これを貫通する農道は敷地外東側御塚山へ登る林道でもあります。御塚山には藤沢氏の墳墓とされる塚が残っているそうなので、逸見氏は藤沢氏と関係のある氏族なのかもしれません。ただ立地について気になる点が一つ…番屋川の流れは往時とほぼ変わっていないと思うのですが、蛇行点に張り出す河岸の低台地は水の影響を激しく受けるとは思わないでしょか。要害地形を選択したと言われればそれまでですが、住するには不安でしかないような…
番屋川西岸(左岸)沿いを南北に走る旧道は小諸藩の巡見道として使われた道で、逸見屋敷の存した近世以前にも古道が走っていた事でしょう。周辺は八重原の台地から番屋川を渡り御牧原の台地へ至る東西に走る間道の存在を意識させる場所ではありますね。