吉田城

(よしだじょう)

通称・別名

所在地

秋田県横手市平鹿町上吉田間内字吉田51-1他

城郭構造
平城
天守構造
築城主
小野寺輝道
築城年
永禄年間(1558〜1570)
主な改修者
主な城主
小野寺氏、茂木監物(佐竹氏家臣)
廃城年
元和元年(1615)
遺構
曲輪、土塁、空堀
指定文化財
県史跡(吉田城跡)
再建物
碑、説明板
周辺の城
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成り立ち
吉田城(よしだじょう)は、鎌倉時代以来の名門武士の家系である小野寺(おのでら)氏が室町時代中期に稲庭から平鹿郡に本拠地を移し、その過程で各地に築かれた城の一つと考えられている。

戦国時代末期には小野寺景道(かげみち)が末男陳道を伴い隠居したとも伝えられている。

その後、小野寺氏の統治は慶長5年(1600)奥羽合戦の結果終わりを迎え、小野寺氏はこの地を去っている。

また、詳細については不明だが、鎌倉~室町時代にこの地を治めていた平賀氏の居館がこの付近にあったとも推定されている。

現状
吉田城は横手盆地東部に突き出た中山丘陵の西側平野部に位置し、付近の水田面より1mほど微高地となっている。東西100m、南北80mの略方形に土塁が回り、その四隅に突出部を持ついわゆる井桁状の形態となっている。

土塁は南側が墓地となり、一部削平されたものの、他の三方は保存状態が良好で、当時の地割りがそのまま残されている。

特記事項
昭和55年12月11日、遺跡が良好に保存されていることが認められ、秋田県指定史跡に指定された。

情報提供:横手市教育委員会


吉田城口コミ情報

楓橋大納言夜泊様[2010年12月06日]
秋田県南を支配していた小野寺氏の城館跡です。
方形の平城で、土塁をめぐらし、四隅に物見櫓を配置していたと考えられます。比較的、保存状況が良く、形状が見てとれます。

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