金沢柵

(かねざわさく)

通称・別名

金沢城

所在地

秋田県横手市金沢中野字安本館

城郭構造
古代城柵
天守構造
なし
築城主
金沢氏?
築城年
平安時代後期
主な改修者
主な城主
清原氏、東将監(佐竹氏家臣)
廃城年
遺構
曲輪、土塁、空堀、堀切
指定文化財
再建物
石碑、説明板
周辺の城
大鳥井柵(横手市) 5.0km
横手城(横手市) 6.0km
六郷城(仙北郡) 6.7km
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払田柵(大仙市) 10.9km
成り立ち
金沢城(かねざわじょう)は、鎌倉時代以来の名門武士の家系である小野寺(おのでら)氏が14世紀後半頃に築いた城として伝えられている。

15世紀中頃には現在の岩手県に本拠を置く南部氏が小野寺氏と争い、金沢城を一時支配下に置いたこともあった。その後、応仁2年(1468)小野寺泰道(やすみち)が南部氏を打ち破り、その子の道秀(みちひで)が城主となったが、小野寺氏の統治は、慶長5年(1600)奥羽合戦の結果終わりを迎える。

その後、常陸54万石の領主佐竹義宣が慶長7年(1602)に秋田藩に入部し、佐竹氏の統治下において当地は篤く保護され、金澤八幡宮や参道が整備されたが、金沢城は元和8年(1622)に破却された。

また、金沢城は平安時代後半に横手市周辺で起こったとされ、日本史の教科書にも載っている「後三年合戦(ごさんねんかっせん)」の決戦の地である「金沢柵(かねざわのさく)」の推定地としても知られているが、現在のところ場所の特定には至っていない。

横手市教育委員会では金沢柵の場所を特定するために平成19年から発掘調査を継続して行っており、平成26年度には金沢城跡に隣接する陣館遺跡から後三年合戦前後の時代のものと見られる四面庇付掘立柱建物跡などが検出され、徐々に全容が明らかになってきている。

現状
金沢城跡は、現在「金沢公園」として整備されており、桜やツツジの名所として市内外の方々が訪れるの憩いの場となっている。

展望場所からは横手盆地を一望することが出来、城として拠点であったときの眺望の良さを伺うことが出来る。

特記事項
金沢公園の近くには、後三年合戦・金沢柵のガイダンス施設である「後三年合戦金沢資料館」がある。資料館では、郷土の文人・戎谷南山の模写による『後三年合戦絵詞』などを展示している。

所在地: 秋田県横手市金沢中野字根小屋102-4、入場料:100円、問合せ先:TEL0182-37-3510

情報提供:横手市教育委員会


金沢柵口コミ情報

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