津谷館

(つやだて)

通称・別名

獅子ヶ館、獅子が館

所在地

宮城県気仙沼市本吉町津谷舘岡

城郭構造
丘城
天守構造
築城主
不明
築城年
不明
主な改修者
主な城主
米倉氏
廃城年
遺構
曲輪、土塁、空堀
指定文化財
再建物
碑、説明板
周辺の城
遠野城(気仙沼市) 6.5km
煙雲館(気仙沼市) 11.3km
上折壁城(一関市) 16.9km
滝浜館(本吉郡) 17.1km
薄衣城(一関市) 23.2km

津谷館口コミ情報

慶 士郎様[2014年04月30日]
三ヶ月ぶりに城主に戻ったので津谷館の情報を‥国道346号が津谷の町中に入り津谷郵便局や気仙沼市本吉支所がある交差点を北に上る感じで‥坂道を登って行くと左手に「気仙沼市本吉老人福祉センター」という看板が出てきます。津谷館の写真ギャラリーにも看板の写真をアップしておきました。その看板を左折して坂を登った上に公園があるトコが館跡、福祉センターがあるトコが曲輪だそうですね‥室町時代の山城的な‥小さいながらも城郭を感じられますよ‥

さくら主膳佑にゃ〜様[2014年02月05日]
折角なので城主就任記念書き込み(^-^)ノ♪
館主として米倉左近将監持長(持村)、同右近行友らの名が伝わる。また薄衣清村が嘉暦元年(1323)津谷へ移り住み、次子持村が応安五年(文中元・1372)に獅子館に住した、最知玄蕃が晩年に米倉氏を称して移り住んだ、登米郡米谷館主米谷修理亮の親族米谷左近将監が館主である、など諸説紛々である。
何れにせよ葛西氏重臣の居館であり、この地に大きく勢力を拡大していたものであろうが、豊臣秀吉の奥州仕置による主家の滅亡と運命を共にした。
なお前述の米倉右近行友は、天正十八年(1590)の大崎葛西一揆で、蒲生氏郷の軍勢に抵抗した葛西勢の中に名前が見られる。

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