末崎城

(まつさきじょう)

通称・別名

西舘城

所在地

岩手県大船渡市末崎町西舘

城郭構造
梯郭式丘城
天守構造
築城主
不明
築城年
文安3年(1446)?
主な改修者
主な城主
武田氏(葛西氏家臣)
廃城年
天正18年(1590)
遺構
曲輪、土塁、空堀
指定文化財
再建物
石碑
周辺の城
米ヶ崎城(陸前高田市) 6.0km
二日市城(陸前高田市) 8.9km
煙雲館(気仙沼市) 17.5km
世田米城(気仙郡) 20.6km
上折壁城(一関市) 26.9km
※この城郭は2017年4月6日に名称と位置が変更となりました。

末崎城(まつさきじょう)は岩手県大船渡市末崎町にあった城である。

遺構
門之浜湾に突き出した舘ケ崎と呼ばれる半島状の地に位置する丘城である。

北側以外を断崖に囲まれた要害の地で、主郭は岬奥の南東端の高所にある。主郭北側は空堀で区切られ、二の郭が主郭の北西面を取り巻くように配置されている。

二の郭西面には土塁と2段の腰郭があり(『大系』、『岩中』)、他にも二の郭南西側や北側にも土塁が残存する。

現在、主郭跡には「末崎城」の石碑が建つ。

歴史
文安3年(1446)に築城されたとされ(異説あり)、気仙二七城に数えられる。

武田丹後・武田式部太輔信政の居城であったが(『現石』)、安土桃山時代の奥州仕置で豊臣秀吉によって主家の葛西氏が改易されると、武田氏も共に没落した。

他に城主の名として、及川伊賀守重俊、新沼美作の名も伝わる(『大系』)。

現在、大船渡市碁石地区において文化財を東日本大震災からの復興のシンボルとして活用する事業が進められており、末崎城もそのうちのひとつとして保全・整備が進められている。

交通
JR東日本ドラゴンレール大船渡線小友駅から車で約10分

参考文献
『岩中』:『岩手県文化財調査報告書 第82集(岩手県中世城館跡分布調査報告書)』岩手県教育委員会、1986年3月。
『大系』:『日本城郭大系 第2巻』新人物往来社、1980年。
『現石』:末崎城館跡現地石碑裏書。


末崎城口コミ情報

ばしこん様[2017年05月04日]
城郭にたどり着くまでにまず、入り口が何処かって事ですが、民家の奥にある野道を行くのが一番容易いが、民家の間を抜け入るのでかなり抵抗感があると思います。
一番ベターなのが、城郭から北東の野道から入るのが良いでしょう。
車も側にある港に路駐です。

三日陸奥守落人様[2017年05月04日]
主郭と思われる場所には立派な石碑とツリーハウスがあるのですが、現時点では藪に埋もれ、城跡までのアクセスも非常にわかりにくい状態となっています。
ただ、地元の方のお話では復興事業がもう少し落ち着いたら整備に着手する予定があるようです。
遺構は明確で、特に主郭北側の堀切は大規模で見ごたえがあります。

現地の周辺は復興工事がまだ続いており、私は地元の方に道をたずね、車は港近くの空き地に停めさせて頂きました。
今後、整備が進めばアクセスも変わってくると思います。

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