新発田城(しばたじょう)

新発田城の基本情報

通称・別名

菖蒲(あやめ)城、舟形城、浮舟城

所在地

新潟県新発田市大手町6-4

旧国名

越後国

分類・構造

平城

天守構造

複合式層塔型御三階櫓[3重3階/1654年築/焼失(火災)]、複合式層塔型御三階櫓[3重3階/1679年再/破却(廃城令)]、複合式層塔型御三階櫓[3重3階/2004年再/木造復元]

築城主

新発田氏

築城年

室町時代

主な改修者

溝口秀勝

主な城主

新発田氏、溝口氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

曲輪、櫓門、櫓、長屋、石垣、土塁、横堀(水堀)

指定文化財

国重要文化財(表門、二の丸隅櫓)

再建造物

三階櫓、辰巳櫓、石碑、説明板

周辺の城

五十公野城(新潟県新発田市)[4.0km]
加地城(新潟県新発田市)[5.3km]
城山館(新潟県新潟市)[9.2km]
長場館(新潟県新潟市)[13.0km]
奥山荘城館(新潟県胎内市)[13.1km]
赤谷城(新潟県新発田市)[15.0km]
沢海城(新潟県新潟市)[20.7km]
安田城(新潟県阿賀野市)[21.6km]
平林城(新潟県村上市)[23.9km]
新潟城(新潟県新潟市)[25.5km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

31 新発田城

設置場所

新発田城表門(冬期閉鎖12/1〜3/下旬)[地図
新発田市役所本庁舎1階(新発田城閉鎖期間中)[地図
白壁兵舎広報史料館(新発田城閉鎖期間中)[地図

新発田城の解説文



新発田城(しばたじょう)は、越後国蒲原郡新発田[1](現在の新潟県新発田市大手町)にあった日本の城。別名、菖蒲城(あやめじょう)。新発田藩の藩庁が置かれていた。

概要 

城の北部を流れる加治川を外堀に利用した平城であり、本丸を中心に北の古丸と南の二の丸で囲い、その南側に三の丸を配する構造であった。現在は本丸の一部を除く全域と古丸全域、二の丸の一部が自衛隊駐屯地として利用され、本丸南側の石垣と堀、櫓門の本丸表門と二重櫓の二の丸隅櫓が現存。現存建築がある城跡としては新潟県内では唯一である[2]。ほかに三階櫓や二重櫓の復元建築がある。また、石垣は本丸の表門側のみに前面乱積みの石垣がもちいられ、他は腰巻石垣や土居であったと考えられている。しかし寛文9(1669)年の大地震により、石垣が崩落しその復旧工事で、切込接布積に改められたとされる[3]。又、新発田市は土橋門と土橋門土塀の木造復元計画もある。その間、別の道路も作ることとなっている。

歴史・沿革 

近代以前

最初に城が築かれた時期は不明だが、鎌倉時代初期に幕府設立に戦功のあった佐々木盛綱の傍系である新発田氏による築城と考えられている。代々新発田氏の居城となっていたが、天正9年(1581年)、新発田重家が上杉景勝に対して反乱を起こした(新発田重家の乱)。天正15年(1587年)、景勝方の攻勢により新発田城は落城。大名としての新発田氏は滅亡した[4]

その後上杉氏の会津転封に伴い、慶長2年(1597年)、溝口秀勝が6万石の所領を得て新発田に入封。新発田藩領内を治めるための拠点として新発田重家の旧城の地を選び、新発田城の築城を行っていった。城が完全な形となったのは承応3年(1654年)、3代宣直の時代といわれる。その後寛文8年(1668年)、享保4年(1719年)に火災によって城内建築に大きな被害を受けるが、その度に再建されている。

近現代

鎮台制の施行にあたり、政府は東京鎮台第1営所に新潟を選定し、歩兵第8大隊を配備することにした。しかし城下町ではない新潟には部隊を容れられる施設がなかったため、しばらく新発田城を営所とした。新発田城が臨時の営所として使われたのは明治4年(1871年)11月から新潟営所が完成し部隊が移転した明治5年(1872年)11月までである[5]。明治6年(1873年)2月にいったんは廃城が決まったが[6]、新潟営所が不適という理由で部隊不在のまま陸軍省管轄にとどめられた[7]。結局1874年(明治7年)に歩兵第8大隊は新潟を引き払って高崎(現在の群馬県)に移ることになり、その一部である第2中隊が新発田城に入った。第2中隊は同年11月に歩兵第3連隊の第2大隊となり、この第2大隊が1884年(明治17年)6月に歩兵第16連隊に拡充し、敗戦まで新発田の郷土部隊となった[8]

長年に渡って城郭の復元を住民等に望まれ、近年より、明治初頭に撮影された古写真などを資料として考証・設計された在来の伝統的手法による復元の計画が進められ、2004年(平成16年)に三階櫓と辰巳櫓が木造復元され、辰巳櫓のみ、同年7月から一般公開されている。又、その間それに続く土塀を木造復元しなかったのは予算の関係である。2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(31番)に選定された。

建築 

櫓の外壁には冬季の積雪への対策の意味もあり、海鼠壁(なまこかべ[9])が用いられていた。その他の塀や一部の櫓門には、下見板が張られていた。『正保城絵図』では屋根は茅葺となっている。

三階櫓
天守はなく、本丸の北西隅に三重櫓を上げて「三階櫓」と呼んでいた。幕府に遠慮し天守を公称しなかったが、三階櫓は新発田城における実質的な天守であった。承応3年(1654年)に創建されたものは、寛文8年(1668年)の火災により焼失し、現在復元されている姿のものは延宝7年(1679年)に再建されたものである。『正保城絵図』では二重櫓だが、他の櫓よりも大きく描かれている。
明治初期に撮影された写真によれば、続櫓(付櫓)を伴った複合式層塔型3重3階で、1重目の西面と南面に切妻破風を持った石落としを兼ねる出窓があり、3重目屋根の棟は丁字型に造られ、棟上には3匹の鯱が載せられている。1874年(明治7年)に破却された。
本丸表門
1732年に再建された現存の櫓門。2階に格子窓を設け、門の真上の床を外して石落としとする構造となっている。国の重要文化財。又、当時は2棟の土塀があったが木造復元する計画は予算の関係でない。
旧二の丸隅櫓
層塔型2重2階の移築現存の二重櫓。1668年の大火後の建築。現在は、本丸鉄砲櫓の跡に移築されている。国の重要文化財。
本丸辰巳櫓
本丸の南東に建つ層塔型2重2階の二重櫓。三階櫓とともに木造で復元された。

近隣施設・関連建造物

  • 清水谷御殿 - 新発田藩・溝口家の江戸屋敷(下屋敷)。1693年(元禄6年)、4代藩主・重雄のときに完成。
  • 宝光寺 - 同じく溝口家の菩提寺。山門は新発田市の有形文化財に指定されており、他にも市の有形文化財に指定された絵画、仏像等を有する。 境内には推定樹齢350年のしだれ桜がある。
  • 新発田藩足軽長屋 - 新発田市諏訪町3丁目3番3号に所在。1969年12月18日に国の重要文化財に指定[10]
  • 堀部安兵衛武庸像 - 有志[11]により1984年に建立[12]。浪人後に高田馬場の決闘の主要人物、のち赤穂浪士となる。中山安兵衛の名でも知られる。武庸は元禄赤穂事件では「吉良家臣に罪はない」として吉良方を一人も斬殺していない[13]

現地情報 

城郭跡の大部分は日本軍解体まで陸軍が置かれていたこともあり、現在も陸上自衛隊の駐屯地(新発田駐屯地)となっている。その関係により、城内の建築のうち建物の内部を観覧できるものは、二の丸隅櫓・本丸表門・辰巳櫓である。自衛隊の敷地内にある三階櫓の内部は公開されていない。

新発田城周辺は新発田城址公園として整備されており、憩いの場となっている。また城郭跡には、初代藩主・溝口秀勝の銅像が建っている。

下屋敷であった清水園(清水谷御殿)は国の名勝、同園内にある足軽長屋[14]は国の重要文化財に指定されている。溝口家の茶寮であった五十公野御茶屋は国の名勝、新潟県の文化財に指定されている。

所在地

  • 新潟県新発田市大手町6

交通アクセス

新発田城址公園#アクセスを参照。

特記事項 

現在も城郭跡地の大部分が陸上自衛隊の新発田駐屯地となっているため、三階櫓に行けないなど、新発田城の観光地化の支障となっている。しかしその反面、ここを訪れる観光客の中では、城と重なる駐屯地の光景を見て、「戦国自衛隊のようである」と感想を漏らす人々が非常に多い。かつては浮船城、狐の尾引き城、あやめ城と呼ばれていた新発田城であるが、近年では戦国自衛隊の城という愛称で呼ばれることが増えてきている。

参考文献 

  • 太政官『公文録』。国立公文書館デジタルアーカイブ(https://www.digital.archives.go.jp/)を閲覧。
  • 太政官『太政類典』。国立公文書館デジタルアーカイブ(https://www.digital.archives.go.jp/)を閲覧。
  • 吉田律人「兵営所在地の日常 新潟県新発田地域と歩兵第16連隊」、『列島中央の軍事拠点』(地域のなかの軍隊)、吉川弘文館、2014年。

新発田城の口コミ情報

2023年08月19日 勘解由長官蛙喜
新発田城



猛暑37度を記録した20230811、雲一つない快晴の中、登城しました。3匹の鯱のお城を望む前にまずは立派な表門に回り、本丸のあったであろう、自衛隊の敷地をパチリ。名物のスギザキのアイスに凉を頂き、城主溝口氏の五つ菱に思いを馳せました。足を伸ばして、溝口の殿様の庭園、清水園も訪ねてみました。とても美しかったです。

2023年08月16日 りゅうぱぱ
新発田城



切り込みハギの技工を用いた石垣が特徴あるお城です。

2023年08月08日 千葉相模守早雲
新発田城



3匹の鯱が乗る三階櫓のイメージしか無く、行ってみてビックリ!両脇に櫓を配した本丸表門があるではありませんか!しかも現存とは驚き!本丸鉄砲櫓跡に移築されている旧二の丸隅櫓も現存とは大変お見それしました😅

という訳で、その美しい並びの光景も相まって、私の中での評価は急上昇。越後に来た甲斐がありました😆

城郭の大部分が陸上自衛隊駐屯地となり、失われているのは残念ですが、一見の価値は十分にあると思います。

1.三階櫓。3匹の鯱が乗っている。
2.石垣の折れと幅広の堀。
3.旧二の丸隅櫓。鉄砲櫓跡に移築。
4.本丸表門。現存です。
5.本丸表門から見た旧二の丸隅櫓。
6.堀から見た辰巳櫓。
7.辰巳櫓。中に入れます。
8.本丸表門と両脇に並ぶ櫓。

2023年05月07日 こうしい弾正大弼
新発田城

シャチホコが3つある櫓は必見!雨でしたが楽しめました^_^

2022年12月27日 RED副将軍
新発田城



最近はマイナー城続きだったので、偶には100名城を口コミ

城域の一部が自衛隊敷地内であり、軍用車が並ぶ異質な城跡です。

鎌倉時代初期に揚北衆の新発田氏により築城されたのが始まりと言われ、本拠地としていました。
越後国守護の上杉氏に属していましたが、1581年に新発田重家が上杉景勝に対して反乱を起こし、新発田重家の乱が勃発。
1587年、遂に上杉景勝の攻勢により新発田城は落城し新発田氏は滅亡しました。
その後、1597年に上杉氏の会津転封に伴い、#溝口秀勝 が入封。
現在の城郭遺構は溝口氏の時代によるもので、新発田藩の藩庁として機能しました。

見所
「表門」「旧二ノ丸隅櫓」は当時のまま現存し、国の重要文化財に指定されています。新潟県で唯一の現存建物です。
「三階櫓」「辰巳櫓」も復元されています。

2022年09月24日 三河守天天丸
新発田城



表門近くまで車で行けて、10台位の無料駐車場あり。雨のせいか祝日でも空いていました。表門下にスタンプあり。希望すれば、ボランティアさんの説明も聞けます。すべて無料は嬉しいです。三重櫓が上手に撮れなくて残念。すぐそばに茶屋(案内所)があり、カードや御城印を購入できます。

2022年08月22日 ぱぱ〜ん伊豆守
新発田城



駐車場からは特徴的な櫓が近い。堀や表門も見応え十分で表門の中も見学出来ます。

2022年07月21日 白燕紫涸参議
新発田城



残念ながら至近距離からは見られません。自衛隊の敷地内に再建したと受付の方に聞きました。

2022年05月12日 【城郭道】たっきー
足軽長屋[新発田城  遺構・復元物]

国の重要文化財に指定されている足軽長屋。清水園の隣に移築されています。かつては城下の幹線道路の会津街道口にありました。茅葺平家建(かやぶきひらやたて)の八軒長屋は天保13年(1842年)に建てられたもので全国的にも貴重な建物です。江戸時代、ここより東方の鉄砲町には道路の両側に100棟余りの足軽長屋が並んでいました。

2022年05月11日 【城郭道】たっきー
清水園[新発田城  関連施設]

国の名勝、清水園。新発田城南方の大栄町に残る藩主の下屋敷(郊外の別邸)。約4600坪(46で城と呼ぶ!)の敷地内には、近江八景を取り入れた京風の池泉回遊式庭園と清水谷御殿と呼ばれた数寄屋風の書院、茶室などがあり、大名庭園の面影を今に伝えています。

戊辰戦争の際、数千に及ぶ領民が藩主・溝口直正に出兵を止めるように訴願。やむなくここに留まったため、藩は戦火に巻き込まれなかったという歴史的な舞台でもあります。

書院は寄棟造の平家建(約80坪)で、建築当初は杮葺でした。江戸時代初期の下屋敷の面影を偲ばせる建物は、江戸幕府に対する政治的配慮によるものとなっています。

2021年10月18日 国府左京大夫城介
新発田市観光情報センター[新発田城  その他]

新発田城周辺のレンタサイクル情報

【場所】
新発田市観光情報センター(新発田駅から徒歩1分)

【貸出時間】
8:30~16:30(最終受付は15:00)

【時間及び料金】
普通 400円/1日  電動 800円/1日

【種類】
普通自転車・電動アシスト付き自転車

【Web情報】
しばた観光ガイド

【利用日】
令和3年5月8日

【アクセスできた城】
・アプリ登録
 新発田城、加地城、五十公野城

・口コミ登録
 蔵光館

【参考事項】
・冬季は貸出をしていない(年によって期間が違います)
・Web予約割引あり
・加地城まで行くのであれば、電動が便利

2021年07月22日 ミル・マスカラス
新発田城



三ヶ所の櫓を見学できましたが、遠くに見える櫓は現在は自衛隊の敷地内にある為に、遠い位置から眺めるしか出来ないそうです。

2021年06月01日 平兵部卿やす
新発田城



駅から徒歩15分と言われたが、25分は掛かる。バスも少ないし巡回型の為、かなり時間がかかるので、電車利用の方はレンタサイクルの利用がオススメ。

2021年04月27日 マークⅡ弾正大弼政宗
新発田城



城まで市のHPには、駅から20分と書いてあったが、早歩きでも25分かかった。本丸の大部分を陸上自衛隊の駐屯地に取られ、再建した三階櫓の見学が出来ず残念😢


2020年11月09日 でんろく刑部卿パルキー
新発田城



朝9時開門。
敷地内のお隣は自衛隊駐屯地であり、空砲が鳴り響いていた。
荘厳な表門が印象的でした。

2020年08月24日 源陸中守@ポンコ2…連勤了
新発田城



コロナ渦の影響か周辺駐車場数カ所はわりと駐車しやすい台数でした(2020.8.22は無料でした)。

先人の方々が記載されてるように、城域の広い範囲が駐屯地ですが、堀端を散策したり、本丸の入れる部分で表門や旧二ノ丸隅櫓など遺構見学を楽しめました。
忠実に復元された三重櫓や辰巳櫓も、古写真と見較べても、よくできてて風格あると思われます。
表門でもらえるパンフに描かれた縄張を見て、往時の姿を思い浮かべながら散策できるかと。

辰巳櫓入口前に立ち三重櫓のほうを見ると、駐屯地が丸見えですが、国防を思うとその部分の撮影は控えました。

2020年08月19日 蔵人頭マックイーン
新発田城



自衛隊駐屯地があり、本丸の一部を散策する形。「そういうもの」として訪問した方がいいと思います。二ノ丸は城址公園や駐屯地、民間施設が建っている等なので過分な期待せずに、割り切れば堀の外からの景色も含めまあまあよかったです。
表門でスタンプ押していたらより詳しいパンフレットをいただきました。古地図と現在の地図を重ねた「城郭図」で位置関係がはっきりとわかります。

2020年01月25日 柿の種参議越後
新発田城

冬期間は「100名城スタンプ」は、白壁兵舎資料館入口受付前にあります。
(本丸表門が閉まってます)

2019年05月24日 慈路安房守
新発田城表門[新発田城  スタンプ]



新発田城表門!スタンプは向かって右側の門入ったすぐの所に置いてあります!

2019年04月30日 まつもとぐらし。
百名城の碑[新発田城  碑・説明板]

再建三階櫓をバックに、百名城の碑と写真が撮れます。記念撮影スポットとしてお勧めです。

2018年10月10日 織田上総介晃司
新発田城

御三階櫓に一番近い駐車場に停めましたが、台数的には多くは停めることはできません。

御三階櫓は史実に基づき木造で復元されてますが自衛隊の敷地内の為、内部の見学はできません。残念…

2017年05月09日 五瓜ニ唐花紋太政大臣や~きみ
新発田城

自衛隊の基地があり見てはいけない角度があるお城ですね。
お城自体は小さいですが、中から見てもお堀の外の公園側から見てもいいですね。

駐車場はありました。


2017年05月08日 摂津守いくpika
新発田城

昨年の情報なので多少の相違点は悪しからず。

今年は5月14日(日)にお隣の陸上自衛隊新発田駐屯地記念行事があり、駐屯地内に潜入する事が出来ます。

三階櫓には入れませんが普段と違った角度から三階櫓&三匹鯱を堪能出来ますので、この機会をお見逃しなく!
ちなみに櫓にかぶりついていたのは自分だけでしたw

また駐屯地内にある白壁兵舎広報資料館の二階に新発田城の展示コーナーが少しだけ有ります。

そこの売店で売っていた「ヤグラ」と言うポスターが垂涎物なので、今年も売られていたら是非とも。
ブラックホークと三階櫓がコラボしてます。

尚、昨年は新発田駅から無料送迎バスが出ていました。
帰りもバスで送ってもらえます。



2016年10月21日 武田胆振守信玄餅
新発田城

100名城スタンプは本丸表門をくぐって直ぐの場所で押してもらいました。100名城巡りの人にだけ配っているというパンフレット貰いました

2016年10月09日 春雨じゃ〜主膳佑一刻館
新発田城

現地の方のお話

三階櫓・辰巳櫓復元の際に3つほど規定があったそうです。
(国からの補助金等々の関係と思われます。)

・木造での復元であること
・当時と同じ外観・構造に基づいていること
・同じ場所に再建すること

新発田城の実質的天守である三階櫓が自衛隊敷地内に再建されたのはその為である。

辰巳櫓の復元にあたり現在の法律への適応のために免震構造を取り入れる必要があり、櫓はその分だけ嵩上げされているらしいです。

外から櫓の下の石垣をよく見ると上3段分が少し違う事がわかります。この分だけ嵩上げされているようです。

櫓内部の床の一部がガラス張りになっており、そこから床下が見学できるようになっています。


2016年06月25日 ❄千ノ坂修理亮
新発田城

以前の駐車場は城址公園の数台分のみだったが、現在は正門前側(県立病院跡地)に100台分の駐車スペースができたので車でも安心。

新発田駐屯地敷地内である「白壁兵舎広報資料館」は無料で入れる。
自衛隊、旧軍、藩政時代の展示がある。終戦の玉音放送全部が意訳付で聞けた。
そちらにも駐車場があり直接車で乗り入れ可能。

新発田駐屯地記念イベントデーは駐屯地敷地内の一部が解放される。
当日は城をバックに実演風景がみられます。
もちろん普段見られない裏側角度からの三階櫓が楽しめる!

2016年03月20日  タバスコ
新発田城

本丸には、溝口公の像があり、一部自衛隊の方々の駐屯地となっており、はいれませんが、隣にある陸自の資料館は、新発田城や陸軍の資料があり、説明も丁寧で、面白かった。

2015年08月31日 ❄千ノ坂修理亮
新発田城

新発田城公園の駐車場にあるトイレ。
もし立ち寄ったら、見上げてみて欲しい。

建造物好きな方なら「お(°▽°)」です。
「トイレごときにあんなに立派な梁を使うなんて!」って思いましたもん。ぜひ(*・∀・*)ノ

2015年08月08日 永眠武蔵守釋 葱進
新発田城

現在、移転した県立新発田病院の跡地で二の丸大手中ノ門付近復元工事が進められています。

2015年05月05日 まー刑部卿
新発田城

相変わらず駐車場はいっぱい。もう少し広いとこを提供してほしい。
今回で4回目の登城で100名城は2週目のため2回目。以前はなかった陸自新発田駐屯地の資料館もオススメです。無料だし。

2015年03月08日 伊豆守やっし
新発田城

100名城スタンプですが、冬期閉鎖中は、市役所に設置されています。守衛さんがいるので曜日に関係なく押せるようです。

2015年02月08日 中務卿一之介
新発田城

新発田駅から近くまで「あやめコミュニティバス」という、運賃100円(2015年2月現在)のバスがありますが、本数はかなり少ないので注意してください。時刻表と路線図は新発田市ホームページにあります。

新発田藩下屋敷だった清水園と足軽長屋が新発田駅から徒歩5分ほどのところにあります。お城だけでなく、こちらにも立ち寄ってみるといいと思います。

2013年09月01日 真田安房守昌幸
新発田城

本日新発田城に行ってきましたが、強めの雨が降る日の見学は足元に要注意です!

2012年08月09日 はせちゃん弾正忠
新発田城

新発田城跡二の丸跡の発掘調査で、石垣が出土したようですね
現地説明会を実施しないかなぁ

2012年01月21日 鷹樹副将軍慶隆
新発田城

冬季は見学出来ません

2011年08月21日 大龍左兵衛佐諒紀
新発田城

堀部安兵衛は新発田藩主の孫で間違いないと思います。赤穂藩に欲しいと言われ、養子に出されたとか…

2010年08月15日 丸に片手蔓柏だんな
新発田城

本丸表門でガイドが堀部安兵衛は藩主の孫だといっていたが本当だろうか?三階櫓へむかう扉はあるが自衛隊敷地内とのことで立ち入れず。

2010年07月26日 徳川内大臣源朝臣康武
新発田城

[武将像]溝口秀勝像
本丸表門内に鎮座。
因みに、門前の小公園には赤穂浪士の一人、堀部安兵衛像がある。安兵衛は、実父が新発田藩士。

2010年07月21日 徳川内大臣源朝臣康武
新発田城

[武将像]新発田重家像
清水園や足軽長屋に近い福勝寺山門前に鎮座。

2010年06月11日 徳川内大臣源朝臣康武
新発田城

隣が駐屯地ていうか、主郭を潰して駐屯している状況。
本丸正面付近を除いて、城の遺構は残っていませんが、門、櫓全ての跡に説明板が設置されているので、廻ってみては

2010年06月08日 傾奇揚げ仙兵衛
新発田城

隣は新発田駐屯地

新発田城の周辺スポット情報

 二の丸隅櫓(遺構・復元物)

 三階櫓(遺構・復元物)

 辰巳櫓(遺構・復元物)

 足軽長屋(遺構・復元物)

 水堀(遺構・復元物)

 本丸表門(遺構・復元物)

 旧新発田藩下屋敷(清水谷御殿)(遺構・復元物)

 本丸(遺構・復元物)

 鉄砲櫓跡(遺構・復元物)

 百名城の碑(碑・説明板)

 大手中の門跡(碑・説明板)

 土橋門、帯曲輪跡(碑・説明板)

 池ノ端陣屋(周辺城郭)

 新発田藩主溝口家墓所(宝光寺)(寺社・史跡)

 新発田城主 新発田重家の墓(寺社・史跡)

 寺町(寺社・史跡)

 茶屋(御城印)

 新発田城表門(スタンプ)

 新発田市役所本庁舎1階(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 多機能トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 清水園(関連施設)

 新発田城址公園(関連施設)

 新発田藩主 溝口秀勝の銅像(その他)

 新発田城主 新発田重家の銅像(その他)

 新発田市観光情報センター(その他)

 陸上自衛隊新発田駐屯地(その他)

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