根知城

(ねちじょう)

通称・別名

所在地

新潟県糸魚川市大字根小屋

城郭構造
連郭式山城
天守構造
築城主
上杉謙信
築城年
不明
主な改修者
主な城主
村上氏、仁科氏、西方氏、堀氏
廃城年
慶長4年(1599)
遺構
曲輪、堀切、竪堀、土塁、石積
指定文化財
県史跡(根知城跡)
再建物
石碑
周辺の城
勝山城(糸魚川市) 10.8km
不動山城(糸魚川市) 11.4km
平倉城(北安曇郡) 15.9km
宮崎城(下新川郡) 25.3km
徳合城(糸魚川市) 25.6km
糸魚川市根知谷地区には根小屋城・栗山城・上城山城の3つの山城が存在しており、この3城を総称して「根知城」と呼んでいます。

城から眺めると、姫川が城の西側を、根知川が北側から東側を流れており、この両川はあたかも水を蓄えた堀のようにも見えます。

根知谷は盆地であると同時に独立性をもった地区で、根知城はこの恵まれた自然条件を大規模に利用して築かれており、戦国時代の山城及び館城の特徴をよく留めています。

3城の中で中心的な役割を果たしていた根小屋城は、標高320mに位置する戦国時代の典型的な尾根城です。本丸跡と殿屋敷と称する郭跡を中心に、郭跡17、削平地201、堀切16、竪堀15というように大規模な遺構を見事に残しています。

根知城の築城年代は明らかではありませんが、永禄11年(1568)以降の上杉謙信の書状に、同地の警備を厳重にせよという指令が、何度も出されています。

根知谷は、信越国境の要の地であるだけに、謙信も根知城を整備し、強固なものにしたと考えられます。

武田信玄に追われ、川中島の合戦の発端を作った信濃の武将・村上義清は、謙信の信頼が厚く、永禄8年(1565)には根知城主に任じられました。村上義清の死後、城主は次々と代わりましたが、景勝の会津移封後、根知城に入った堀清重は、慶長4年(1599)の上杉遺民一揆の際に根知城を廃し、慶長6年(1601)には糸魚川市一の宮に清崎城を築いたと言われています。

情報提供:糸魚川市交流観光課


根知城口コミ情報

まるさん武蔵守異能者追跡中様[2012年05月07日]
現在、今年の大雪で折れた木が至るところに倒れていまして、
それと残雪も多少ありまして、どこが道なのかよくわからない状況です


ただ、ひたすら高い方向へ進めば本丸跡に辿り着けるかも知れませんが…


σ(^_^)途中で引き返しました


本丸目指して登るならば、来月以降かな?って印象は持ちました

傾奇揚げ仙兵衛様[2010年10月16日]
R-148を長野方面に向かい根知谷に左折、踏み切りを渡って根知小屋へ右折、しばらく進むと根知城址入口の標柱が

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