森山城

(もりやまじょう)

通称・別名

東野城、飯田城、橘城、柑子城、仲城、仲之城

所在地

千葉県香取市岡飯田字根古屋

城郭構造
連郭式山城
天守構造
築城主
東胤頼
築城年
建保6年(1218)
主な改修者
主な城主
東氏
廃城年
遺構
曲輪、空堀、水堀、角馬出、虎口
指定文化財
再建物
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森山城口コミ情報

豊後守きこりん様[2016年02月21日]
台地を深い堀で区切った連郭式の縄張りで、非常に規模の大きい城です。
現在、地元有志の手で刈払など整備が進められており、私が登城した際も爺様方が熱心に作業しておられ、城を見学に来たと分かるととても嬉しそうに声をかけて下さいました。全くのボランティアだそうで、頭が下がります。まだまだ多くが藪に覆われてますが、今後も整備を進めていくそうなので、次第にスケールの大きな遺構が姿を見せてくれるでしょう。
私は麓の集落に車を置き(特に駐車場は無い)星宮大神の鳥居脇からの登城路を登りましたが、車で乗り込めます(小ぶりの四駆推奨)。
なお、同じ台地上にほぼ連続して須賀山城という城もあり、こちらも別の有志グループが整備をしておられるようです。時間に余裕があればセットで見るといいでしょう。
爺様方に、拡めてほしいと頼まれたのでここに記します。メグラーの皆様、近くに行かれることがあったらぜひ見に行ってあげて下さい。

右近衛中将たくぞう様[2013年06月09日]
【説明板より】
小見川の最南端部、標高四五メートル、十万平方メートル以上の広大な城郭である。千葉常胤六男、東六郎胤頼の居城として知られている。
築城は建保六年(一二一八)と伝えられ、以降東氏代々の本城として栄えた。廃城は北条氏滅亡から間もない頃と言われている。
遺構は本丸、二の丸、三の丸が空堀によって区別され、土塁、土橋、曲輪がまだ残っている。城の形式は直線連郭で東庄町の須賀山城と城づたいになっている。香取郡市の古城址中、最大の規模をもつ。
城の南側の麓には、真性院芳泰寺がある。この寺は東氏代々の菩提寺で、寺伝では安貞二年(一二二八)、城主・東胤頼が埋葬され、大きな供養塔などが建立されている。
東氏は千葉六党の一つで、鎌倉時代から南北朝にかけて、下総一帯に大勢力を張った豪族で、この一族は月星の紋印をもち、これを誇りとしている。

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